私はNPO法人子どもとメディアの理事をさせて頂いておりますので、 今回は定期誌の12月号に寄稿した巻頭言を紹介しましょう。
今人気の映画「3丁目の夕日」は、 昭和33年(1958年)に東京タワーが出来る頃の人情話です。
その第1作目では、鈴木自動車整備工場で働く東北出身の「ロクちゃん」が 腐ったシュークリームをこっそり食べて食中毒になり大騒動が起きます。 その当時のシュークリームは超高級洋菓子で、捨てるのは「もったいない」、 腐らせるなんてとんでもないといった「食への賛美」は日本国民の総意でした。 今でこそ日本人の常識として食品の賞味期限や食の安全性の社会的認知度が 高いのですが、その後、「飽食の時代」を経て、「食と健康」「食の安全」 今では「食育」と称し、食べることを教育として捉える時代を 「ロクちゃん」の時代に誰が予測できたでしょうか? しかしながら、人の日常的な営みであるはずの「食する」ことまでも 教えなければならない時代であることも事実です。
そこでこの映画のもう一つの重要な見所は、 小さなテレビを囲んで隣近所総出でテレビを見て、 心うきうき興奮のルツボと化し、 手が届くところに触れてはならない有名人が目の前で話をし歌を歌い、 私達貧乏人に話しかけてくれている情景のリアリティーです。 私の子ども時代には何度も経験したことで、 現代の若者達には信じられないような場面ですが、 日本社会にテレビなるものが出現した時のこの現象は事実なのです。 子ども達の外遊びが集中する時間帯は放送休止時間帯で、 放映時間が長くなるにつれ、大人も子どももテレビの前に釘付けになり 数十年が経過しました。 テレビからゲームへ、ゲームからパソコンやケイタイへとメディアは 限りなく拡張しています。
腐りかけたシュークリームを食べる人はいなくなったかもしれないのに、 腐りきったテレビを「腐っている」ことに気付かず見続ける人が多すぎます。 「食」を身体の健康に結びつけるなら、「メディア」は心の健康に直結します。 この映画にはノスタルジーだけでなくリフレクション(反省)を感じさせられるのです。 テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記
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